土曜日
私は3畳一間で寝転んでいる。9月に入ったと言っても、東京の残暑は厳しい。夜の帳が降りても気温は余り下がらない。仕方なしに開け放った窓から、時折、街道を走る車のエンジン音が聞こえてくる。二日ほど風呂に入っていないので、今日は行かなければと思っているのだが、なかなか気力が湧かない。銭湯はその街道沿いにある。一ヶ月以上遊び呆けていたので、完全に生活のリズムが狂っている。
天井を眺める。節のある杉板にシミが見える。雨漏りでもしたのだろうか。今まで気がつかなかった。それは岸辺に寄せる波形のようだ。戦前に建てられたのだろうか。大分老朽化が進んでいる。しかし、無理は言えない。1畳千円で借りて、家主の台所まで使わして貰っている。水道料やガス代は家主の負担だ。そのうえ、時々オカズのお裾分けにもありついている。文句の言えた義理では無い。
思い切り手足を伸ばして立ち上がる。銭湯に行こう。洗面用具に下着を詰めて狭くて急な階段を下る。玄関でサンダルを履いていると奥から家主の声がした。立ち止まると家主が台所の暖簾を掻き分けて小柄な体を出した。風呂かと聞くのでそうですと答える。娘達はもう帰って来る頃だと家主は付け加える。彼女達が30分ほど前に出て行ったのは知っていた。玄関で話す二人の声が3畳一間まで聞こえて来た。二人揃って銭湯に出かけることは余り無いのだが。
田舎の両親は元気だったかと家主が続ける。私は宜しく言っていましたと返す。父親が用意した土産の野菜を、荷物になるからと断った事は言えない。それにしても今日の家主は馬鹿に馴れ馴れしい。家主が善人だと言うことは解っている。ただ相手のおかれた状況を理解しないのには参ってしまう。私は早く銭湯に行きたいのだ。部屋でグズグズしていたので、既に8時を回っている。家主は私に言いたい事があるのだろう。それは解っている。
集会の件ですか、私は自分から切り出した。家主はしたり顔で正解とおどけた仕草を見せる。その後直ぐに真顔になって、土曜日に仲間が集まるので出ないかと言う。このことは夏休み前からの約束なので、私は解りましたと答える。家主は嬉しそうな顔をして、遅くなるから早く銭湯に行ってきなさいと父親のような言い草する。言われなくても行きますと心で思いながら、私は玄関の戸を開ける。ベルがなる。
薄暗い路地を街道に向かって歩きながら私は考える。土曜日まで後4日。
2006/12/16
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