急行列車
プラットホームは線路に淀む夏の陽を映し、身の置き所が無いほど蒸し暑かった。行き交う人々の汗の匂いで目が眩みそうだ。スピーカーから流れてくる到着列車のアナウンスが、ぼんやりとした頭の中を掠めて行く。上野の駅は夏の盛りにじっと耐えている。3月末に降り立ってから4ヶ月が過ぎた。山手線の窓から眺める景色も大きく変わっていた。満開だった堤のソメイヨシノは濃い緑に変わり、春の面影を完全に失っている。
初めての帰郷だ。昨日から学校は夏休み入った。私は上野駅の15番線で田舎に向かう列車を待っている。半袖のワイシャツに黒の学生ズボン。校章の入った学生帽を被り、革靴を掃いている。普段の通学スタイルである。当初はラフな格好で帰ろうと思っていたが、下宿先の長女に、学校の制服の方が両親は喜ぶと言われ、そうしたと言う訳だ。
上京の折りに持って来たカバンの中には1学期の成績表が入っている。担任は成績表を渡すとき、慣れない環境で頑張った方かなと言ってくれた。私も自分なりに満足する結果だった。成績表は点数表示なので両親には解らないと思うが、これは見せようと思っている。毎月仕送りをしてくれる両親に対するせめてもの恩返しだ。
学校の授業では一つの例外を除き、それほど困ったことは無かった。水泳の授業でも、子供の頃から慣れ親しんだ川原での水遊びが功を奏し、「抜き手」と「いぬかき」で25m泳ぎ切ってしまった。クラスの仲間は大爆笑である。体育の教師からは、クロールで25m泳げるようにしておけと命令されたが、大川の溜まりで息継ぎの練習をすればOKだ。
一つの例外は英語の発音と聞き取りである。田舎の中学では教師は一度読むだけ。それを聞きながら英単語にカタカナを附って覚えさせられたので、私の英語の発音は日本語バージョンである。これが中学3年間で完全に身に付き、私のリーディングには教師まで吹き出してしまった。「JACK&BETTY」でなくて「ジャック・アンド・ベテイ」だから仕方がない。田舎の中学でそう教わったかと聞かれたので、恩師に怨みも込めて「イエス」と答えてしまった。
英語の教師は私の担任だったので、可愛そうにと思ったのか、それ以降、リーディングで私を指す事は無かった。ただ恩師の名誉の為に付け加えておけば、文法と英語を訳すことはクラスの仲間に負けていなかった。従って定期試験では良い成績を取った。下宿先の長女に英語の成績を聞かれたので、点数を教えると信じられないというような顔をしていた。
折り返しの急行列車が、うだる熱さを割るようにホームに入ってきた。揺らめく熱気の中をゆっくり進んで来る。私はその列車に故郷の匂いを探す。夕方には嬬恋だ。
2006/11/18
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