銀杏
34年間過ごした古い木造の建物を覆い隠すように、イチョウの大木が3本朝の空に聳えている。今年は暖かく未だに霜が降りない。例年なら初霜に焼かれて今頃は丸坊主の筈が、僅かに葉を落しただけで色鮮やかに輝いている。顔見知りの老女が石垣にもたれてイチョウの大木を見上げていた。老女は私に気づき今年は銀杏が鈴なりだと呟く。その言葉につられて私も無骨な枝々に目をやるが、イチョウノの丸い実は余り見えない。
今朝は少し頭が重い。昨夜の酒が残っている。私は朝のリズムを取り戻すために、家の近くを歩いている。10月の末とは思えないほどに空気は暖かい。急な坂道を登って行くと少し体が汗ばんでくる。久しぶりに親しい仲間と一献を交わし、少々破目を外してしまった。道脇には落葉の吹き溜まりが出来ている。ページをめくるように日一日と秋が進んでいるのは確かだ。
それはショッキングな数字だった。嬬恋村の債務残高が180億円を越えると言う。2ヶ月ほど前には、地方紙に嬬恋村の公債費比率が24.7%と飛びぬけて高く、財政状況が悪化していると言う報道があった。いずれにしても嬬恋村の財政は危機的のようだ。昨夜はこの問題について、口泡を飛ばして議論することになった。180億を越える債務がどれほどのものか、普通の村民には見当もつかない。仲間が、村民一人当り幾らの借金になるのか私に計算しろと言う。
計算しろと言われても、勤めを辞めてからは大きな数字との付き合いも無いのでなかなか答が出てこない。村民が1万人として180億を割ると、一人当たり18万か。18万。5人家族で90万の借金ということか。すると、一桁違わないかと言う声が出る。違うって。私はボールペンを取り出し割り箸の袋に「18,000,000,000」と書き、「0」を4つ消す。結果は「1,800,000円」となる。村民一人当たり180万円の債務。生まれたばかりの赤ちゃんから入院している私の母まで180万の借金を背負っている事になるのか。5人家族なら900万だ。
一瞬この数字に全員が言葉を失う。地方自治体の起債は民間企業の借入と単純に比較出来ないが、この数字には驚かざるを得ない。ここから喧々諤々(ケンケンガクガク)の議論が始まる。議論が白熱すると酒が進む。立て看板の立ち並ぶ校舎の地下室で、学友と議論を戦わせた学生時代を思い出す。あの時代は熱かった。
仲間の一人が声を張り上げる。これほどまでに村の財政を悪化させた責任は一体誰にあるのか。責任を取らなくてはならないのは誰だ。
夜がふける。
2006/10/31
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