秋雨前線
梅雨さなかのようなうっとしい日が続いている。9月だと言うのに日中でもコタツが欲しい程だ。木々は未だ緑を失わないが、降り続く初秋の雨に打たれ、静かに頭を垂れている。枯れ色を増してきた垂桜の老木は、葉先に幾つもの雫を溜め微動だにしない。太陽は久しく顔を見せない。明るくなったかと思うと西の空が黒ずみ、横殴りの雨が草花を襲う。色鮮やかな秋の手前とは言え、心は一層重くなる。
私は、ようやく乾いた着替えを持って、母の病院に向かう。ワイパーの先を見ていても、目の中に母の仕草が一つ一つ浮かんでくる。昔から我がままで、負けず嫌いで、強情で、世話焼きな母。その母に一番似ていると姉が言う私。母に反発して15才で東京に飛び出し、結局母の元に戻った私。父親の病床では感じなかった様々な思いが交錯していく。雨脚が速くなってきた。そう言えば、母が前の病院から移ってきた朝も激しく雨が降っていた。
母の病室に入る。私はそこで足をすくませた。昨日まで母が寝ていたベッドには、見知らぬ老婆が大きく口を開け横たわっていた。一瞬不吉な予感が頭をよぎる。私が少しうろたえてナースステーションに戻ろうとすると、高校生のようにあどけない看護師が飛んできて、母は個室に移ったと教えてくれた。病状に変化があったのだろうか。私は不安な気持で母の病室を探す。それは廊下の行き止まりにあった。
私はベージュ色に塗られた引き戸を開ける。酸素マスクをした母がこちらを向いて寝ていた。水枕をしているようだ。枕元に近づく。矢張り熱があるのだろう、顔が火照っている。息づかいが大分荒い。母を呼ぶ。少し顔を動かす仕草を見せるが、目を開こうとはしない。私は再び母を呼ぶ。母は答えない。私は母の額に手をやる。汗ばんだ母の額に私の手が粘りつく。以前にもこんな状態はあった。母はそれを乗り越えてきた。
数日前、私と妻は担当の女医に呼ばれ、母の症状について詳しい説明を受けた。軽い脳梗塞を併発した可能性が高いこと。何とか自宅まで戻れるよう努力したが、その可能性が低くなったこと。私は女医の言葉に努めて冷静さを装っていたが、心の奥は少なからず乱れていた。いつかその時はやってくるのだが、いざとなると未だ心の準備が出来ていない事を知る。女医は、母の年齢を考えると頑張っていると思いますと、私達を励ましてくれた。
ベッドサイドモニターでは、脈拍が120前後を行ったり来たりしている。緑色の波形が右から左に流れていく。数字が刻々動いている。私は着替えを紙袋から取り出し棚に入れる。部屋を変わったばかりなのだろう。母の持ち物は篭に詰められ、部屋の片隅に置かれていた。私は再び母を呼ぶ。母の目がかすかに開き、顔が私の方を向く。私は母の顔を覗きこむ。その時母の目元が緩んだ。一瞬母が私に向かって微笑んだように見えた。
窓の外は相変わらず横殴りの雨。
2006/9/18
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