アンパン
6月の日曜日。1学期の中間試験が終わった私は、嬬恋から一緒に上京した友を尋ねることにした。高校に入学した最初の試験は、緊張感を持って臨んだので、私としては何とか満足の行く結果であった。試験期間中自炊を放棄し、駅前の定食屋で日替わり定食の贅沢をしていたので、そこそこの成績を取らないと、仕送りをしてくれる田舎の両親に申し訳ないと思っていた。小さい頃から、持久戦は苦手だが短期の決戦には結構強かった。試験で授業が短縮になると、学校から帰るや否や床につき、目覚めると早めに外食し、その後は朝まで机に向かっていた。窓の外が白んでくると、小鳥のさえずりや羽ばたく音が聞こえてきた。
下宿先の長女と次女も私と同様、中間試験である。長女は試験期間中でも日常どおり家事をこなしている。彼女が机に向かうのは、大概9時過ぎである。私が夜中にトイレに下りて行くと、障子の隙間から明かりが洩れている。私はそれを見て、彼女が机に向かっている事を知る。零時を回ると流石に電気は消える。次女の部屋はその奥なので、彼女が何時まで起きているかは解らない。次女とは顔を合わせても、簡単な挨拶程度しか交わさない。お互い余り視線を合わせる事は無かった。彼女の方は姉と違って内気で酷く大人しい。たまに台所で顔を合わせると、彼女の方が先に下を向いた。
友は川崎市の高校に入学していた。彼は私と違って一発で目標の付属高校に合格し、私と同じように学校の近くに間借りしていた。彼の下宿には電話があり、呼び出して貰う事が出来た。試験が終わってホットした私は、故郷の同級生が懐かしくなり、赤電話に十円玉を数枚投入し、彼からの手紙に記された電話番号を回した。公衆電話を使う事にも慣れた。家主の奥さんだろうか。電話口で女性の声がした。私は名前を名乗り友に繋いでくれるようお願いする。たまたま、彼とは苗字が同じだったので、親戚と思ったのか愛想良く友を呼び出してくれた。
私は渋谷に出て東急東横線に乗った。渋谷方面は初めてである。山手線から下りた渋谷の駅は若者で溢れている。日曜日の昼下がり、流石は渋谷だ。東京には大分慣れたとは言え、むせ返るような雑踏の中に入ると、私はやはり田舎者の感じがする。友とはM駅で落ち合う事になっていた。渋谷の混雑とは裏腹に、電車は空いていたが、私はつり革につかまりぼんやりと流れていく風景を眺めていた。東京に出て3ヶ月が過ぎようとしている。この先には私と同じように東京に夢を求めた同級生がいる。電車がゆっくりと渡っているのは多摩川のようだ。堤の下の家並は軒を寄せ合っている。
M駅から数分歩いた路地の奥に下宿先はあった。車がようやく通れそうな狭い路地の両側に、民家が折れ重なるように並んでいる。木製の電信柱が路上にはみ出し、うっかりすると体がぶつかりそうだ。友が格子戸を開ける。鈴がなる。そこに玄関があった。きれいに掃除されている。廊下を歩いた奥が彼の部屋だ。4畳半である。やはり私の3畳と比べると広い気がする。しかし2つの窓の外に見えるのは板塀だけだ。天気が悪ければ昼間でも灯が必要な気がする。部屋の真ん中には座卓があり、そこにはアンパンが2つ乗っていた。
昼の食べ残しだと言う。仕送りが底を突くとアンパンだと友が笑う。私は頷く。
2006/09/11
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