『挫折だけが人生さ』と言うような中年男が感じる、故郷への慈しみを発信します。


                                                      Back Number
   出没

 机の隅で携帯電話がけたたましく鳴る。私は慌ててそれを開く。猿が出ていると知人が告げる。場所はと尋ねると栗平だと言う。栗平、私は知人に聞き返す。栗平は私の圃場がある地区だ。鳴き声がして、森の木々がそこかしこで揺れていると言う。私は知人に再度場所を確認する。栗平の何処。そして私は絶句する。猿が出ている場所は、私が20分位前まで警戒していた箇所ではないか。11時まで見張っていたと、信じられない気持ちで携帯に怒鳴る。向こうから直ぐに来いと少し興奮した声が飛んでくる。私は信じがたい思いでパソコンを閉じて軽トラックに乗り込む。
 気分が高揚している。ここ数週間集落のあちこちに野猿の集団が出没し、農作物を荒らし回っている。私の畑も例外ではなく、1週間ほど前にトウモロコシやカボチャをごっそり持って行かれた。7月のイノシシの来襲に続いてである。私は急な坂道をトラックがバウンドするほどのスピードで現場に向かう。ロケット花火にエアーガン。次第に眠っていた闘争心が目覚めてくる。潅木の生い茂る狭い農道を飛ばす。四輪が駆動しエンジンが唸り声を上げている。今にも爆発しそうだ。イガで重くなった栗の枝が車の屋根に当る。視界が開ける。行き止まりの道の先に知人が見えた。
 私がトラックから飛び降りると、知人がキャベツ畑に続く森を指差す。確かに木々がゆさゆさと揺れている。ボキ、ボキ。枝の折れる音がする。キイキイ。木々の間から甲高い鳴き声が響く。話には聞いていたが、まるで動物映画の1シーンを見ているようだ。知人が数人の仲間に連絡をしたと言う。未だ猿の集団は姿を現さない。昨日は集落の西側の畑が被害を受けた。そこを追われたので、今日は東側に移動するのではと予想はしていた。しかし、朝から警戒していた私が気配を感じず、その場を去った直後の出来事である。
 老婆がいる。膝の痛みに耐えながら、坂道を1キロ以上歩いて耕作している。雪解けと共に土を耕し、ジャガイモの種を下ろし、インゲンを播き、トウモロコシを植えた。この地区で、最初に野獣の被害にあったのは彼女の圃場だ。ジャガイモが付くとイノシシが掘り返し、トウモロコシに実が入ったら、野猿の一群がもぎ取った。それでも老婆は畑に通っている。掘り出されたイモに土をかけ、残ったトウモロコシの房を新聞紙で巻いた。除草剤も使わず、照り返す光の中で這うようにして、伸びた草をむしっている。自分の野良着で案山子を作った。麦藁帽子を目深に被った人形が今でも森を睨んでいる。
 姿を現した。紅花インゲンのフレームに1匹、2匹、次々に這い上がる。朱色の花が勢いに押されて激しく波打っている。かなりの集団だ。パイプのフレームが押しつぶされそうだ。悠然とこちらを見ている。様子を伺っているようだ。私達の仲間が次々に到着する。私は手にロケット花火を持ち、野猿の集団に向かう。四・五十メートルまで近づくと、野猿はうろたえたように向きを変え、フレームから飛び降りようとする。ロケット花火に着火する。煙をあげて花火が飛んでいく。森が一段と騒がしい。私は森を目がけて花火を打ち続ける。

 2006/09/05

 01 手作りのホームページへ
 02 3通のメール
 03 エナメルの上履入れ
 04 母の入院
 05 3畳一間
 06 母を見舞う
 07 牛乳とクリームパン
 08 家紋
 09 下宿先は
 10 一喜一憂
 11 電報
 12 根無し草
 13 中野区鷺宮
 14 梅雨の最中
 15 夏日
 16 ハムエッグ
 17 それぞれのメール
 18 雨の翌日
 19 白い夕日
 20 迎え火
 21 銭湯
 22 8月16日
 23 現金書留

BACK NUMBER 01_25