雨の翌日
夜半の激しい雨はようやく小降りになったが、家の横を流れる小河川は轟音を残し、すさまじい勢いで大川に流れ落ちていく。小豆ほどの雨粒に何時間も打たれて、家の廻りの草花は深く頭を垂れている。春先、花びらを乱舞させた垂れ桜の枝先も地面に付きそうだ。いつもなら、野鳥のさえずりや羽音が聞こえてくるのに、今朝はその気配もない。目を移しても、鈍色の霧の中に緑の陰影が霞むばかりで、地平線も見えない。
昨夜はトタン屋根を叩く激しい雨音に3度目が覚めた。梅雨の末期特有の豪雨である。不思議なものだ。以前は雨音で目が覚めると寝ていられず、外の様子を伺った。目の前の街灯が映し出す雨脚で、時間雨量が推定出来た。昨夜ほど降れば、災害が気になりなかなか寝付けない筈だが、仕事を止めた途端、あれほど関わってきた道路や農地のことが気に掛からなくなった。雨音に目覚めて頭を横切ったのは、母の転院である。母はその日、隣街の病院に移る事になっていた。環境が変わってパニックを起こすのではないか。私に姉の代わりが務まるだろうか。思いは激しい雨音と際限も無く交錯し、時だけが過ぎた。
姉からの電話によれば、病院を変わると母に告げると、母はその夜は遅くまで寝付かず、ブツブツと独り事を発して、相部屋の患者さんに大分迷惑を掛けたようだ。これまでもそうだった。我が儘で負けず嫌いのくせに気が小さく、母は先々と神経を巡らす。入院当初には環境の変化に順応できず、一晩中手振りを交えて騒ぎ立て、相部屋にいられず集中治療室で過ごす羽目になった。その後も精神的に安定せず、2週間個室に入ることを余儀なくされた。
症状が落ち着き、相部屋に戻った時もそうである。一時的に痴呆が出たのか、夢遊病者のように意味不明の事を叫んでいたらしい。環境が変わると母はそれに対応できない。そのたびに周囲に迷惑を掛けた。私は姉から話を聞くだけだが、それに付き合ってきた姉は、本当に大変だったと思う。看護士は、年をとれば誰でもなりますよと慰めてくれたが、高齢と言うばかりで無く、母の性格が大いに影響しているようだ。新しい病院では、一日も早く環境になれ、リハビリが進むよう祈るばかりだ。
午後雨は上がった。私と妻は病院の玄関で母を待っている。予定の時間から少し遅れて、見慣れた車が入って来た。豪雨の影響で国道が一部通行止めの為、姉達は碓氷峠から軽井沢を廻って母を搬送して来た。窓越しに覗き込むと、母は後部座席を倒し仰向けに寝ている。この車には幾度となく乗せて貰っていたので、安心しきっているかのようだ。妻が車椅子を用意する。姉の夫が母の腰を抱きかかえて車椅子に乗せる。私は手を出せずにそれを見ている。母は目を瞬かせ、曲がった背中をしきりに伸ばそうとしている。車椅子での姿勢が大分安定して来た。
目を上げると、母の姿の向こうに、濃緑の稜線が浮かび上がる雨の翌日。
2006/07/24
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