一喜一憂
1週間ぶりに母を見舞った。嬬恋から2時間弱で母が入院している病院についた。母は頭を高く、ベッドに寄りかかるような状態で目を閉じていた。私が声をかけると母は目を開き、瞬きを繰り返した後、私の名を呼んだ。母は以前から白内障に悩まされていて、焦点が合うまでに少し時間がかかる。顔を近づけると母の頬が緩んだ。私は母の額に手をやりながら、熱はどうかと聞いた。母は大丈夫と答える。そして付け加えた。死ぬにも死ねないし、家へ帰るにも帰れないし弱ったものだと。私はそんな母に言う。もう少し頑張れば家に帰れるから、と。母は目を細めて頷く。意外に体調が良さそうなので安心した。
1週間前、母の元を訪れたとき、私に気づいた母はいきなり私に訴えた。迎えに来てくれたか。今日は退院できるから、と。私は一瞬言葉を失ったが、一呼吸して母に尋ねた。退院だって、誰が言った。母は強い調子で答える。先生から退院の許可が出たから、連れて帰ってくれ。私は母を見つめる。微熱が続いているのだろう、頬が火照っている。私は言葉が見つからずに、部屋の外に目をやる。入院したとき蕾だった桜の木は青葉に覆われ、花が咲いた事さえ忘れそうである。そんな私に母が繰り返す。先生が退院して良いと言ったから、家に帰る。夢でも見ていたのだろうか。入院以来約2ヶ月、毎日見ていた夢なのかも知れない。私は母の頭に手をやりながら、母に言う。元気になれば直ぐ連れて帰るから。熱が下がるまではムリだよ。母は濁った瞳で私を見つめる。薄くなった髪の毛を撫ぜてやると、暫くして、小さく頷いた。
あれから1週間。母は私に下の娘のことを尋ねる。下の娘は1年程海外に行っていたので、酷く気になる様子である。昨年の4月、娘が出発する朝、無事帰ってくるまでは必ず生きているからと、娘を激励した91歳の母。今年の3月、帰国した娘と姉の家にいる母を訪ねると、母は大粒の涙を流して娘との再会を喜んだ。それから2週間後の入院である。連休に2人の娘と病室を訪れた事は覚えているのだろうか。あの時は2回目の発熱の後で、微熱に悩まされていた様子なので、忘れているのかも知れない。しかし今日は違う。非常に意識ははっきりしている。元気そうである。リハビリも再開したと言う。私は少し希望を持った。この調子が続けば、嬬恋に連れて帰れるかも知れないと思う。一方で、毎日接している姉の言葉を思い出す。体調が上がってきて、今度は大丈夫だと思うと裏切られる。一喜一憂しない事にしたと。
夕暮れが近づき、私は嬬恋に戻ると母に告げる。母は私を見つめて頷く。私は同室の患者に挨拶をして病室を出る。母の声が私の背中を追いかける。気を付けて帰れよ。遠いから。母の口癖だと思いながら私は階段を下る。
2006/5/28
|
|
|