『挫折だけが人生さ』と言うような中年男が感じる、故郷への慈しみを発信します。


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  下宿先は

 水道橋での筆記試験の翌日は、合格すれば通う事になる杉並の校舎で面接が行われた。私は姉に教わったとおり、新宿で中央線の下りに乗った。昨日とは反対方向である。通勤時間を過ぎていたので、東京の人ごみに圧倒される事も無く、私は無事荻窪駅についた。そこでバスに乗り面接会場を目指した。私はバスの窓から荻窪の町並みを眺める。少し緊張はしていたが、背の高くないビルに、民家に店先の付いた商店。流れていく風景は、せわしさよりも落ち着きを感じさせる。10分程してバスが止まる。私は降りる。目の前に私が入学しようとしている建物があった。
 建物は木造三階建てである。戦前からの施設らしく、いかにも古めかしく時代を感じさせる。流石に玄関は化粧が施されていたが。見渡すと建物の左側はお寺の境内のようであった。葉を落としてはいるが、奥行き深く大木が並び、都会の喧騒とは無縁の様子である。充分時間はあったが、私は受付を済ませ控え室で待機していた。私が失敗した第一志望校の面接は、殆ど記憶に無い。面接官に「試験は難しかったか。田舎での成績は良さそうだが」と言うようなことを聞かれた気がするが、記憶に残っているのはそれ位である。余り良い思い出ではないので、記憶の彼方に追いやりたかったのかも知れない。
 徐々に受験生が集まってきた。殆どの生徒が長髪である。丸坊主は私一人であった。誰もが色白で利発そうに見えたが、臆することは無かった。面接が始まった。私は目を瞑って頭の中で想定問答を復習した。我が校を受験した理由は?高校3年間に何をやりたいか?
 私の番が来た。私は引き戸を開けて面接会場に入った。普通の教室である。窓を背にして三人の面接官がいた。私は指示に従い椅子に座り背筋を伸ばす。面接官が聞く。群馬から本校を受験した理由は。私は答える。君の夢は。私は答える。一瞬の沈黙。私は落ち着いていた。窓の向こうにプールが見えた。その横には余り広くないグラウンド。自転車置き場も見える。自転車での通学が許されているのだろうか。塀の向こう側には民家の屋根が連なっている。住宅街の中にある古びた建物。合格すれば私は3年間ここで過ごす事になる。
 手元の書類をめくっていた年長の面接官が聞く。下宿先は決まっているかと。私は、合格すれば至急探します。と答える。面接官が続ける。学校から少し離れた方が良い。近くだと生徒の溜まり場になるから。下宿先が。私は「はい」と答えて面接会場を出る。防腐剤の匂いのする廊下もペンキの剥げ落ちた壁も私には全く気にならなかった。
 私は心の中で繰り返した。「学校から少し離れた方が良い。下宿先は」と。

2006/5/22
 01 手作りのホームページへ
 02 3通のメール
 03 エナメルの上履入れ
 04 母の入院
 05 3畳一間
 06 母を見舞う
 07 牛乳とクリームパン
 08 家紋

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