『挫折だけが人生さ』と言うような中年男が感じる、故郷への慈しみを発信します。


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    牛乳とクリームパン

 
高校の入学試験。私は神奈川の姉の家に泊まり、小田急線で新宿まで出た。そこで中央線に乗り換えて試験会場の水道橋に向かった。迷う事はなかった。2回目のコースである。既に、私は第一志望の入試に失敗していたのだ。第一志望校の試験会場は御茶ノ水であり、小田急線から新宿で中央線という同じ道筋であった。最初の入試では、東京に所要のある姉と一緒に新宿に出て、中央線のホームまで案内して貰った。しかし、姉と別れると忙しく行きかう人々の動きについて行けず、雑踏の真ん中に立ちすくんでしまった。ラッシュアワーの人ごみに完全に圧倒され、受験の前に気分が萎縮していた。絶対合格するから東京に出して欲しいと、父と母を説得した手前、何としても頑張らなければと思っていたが、結果は不合格であった。この入試の記憶は余り無い。頭に浮かんでくるのは、試験中、初めて耳にするピーポーピーポーという甲高い音色ばかりである。その音がビルの谷間にこだまし、神経が逆なでされる、そんな一日であった。もっとも、それが救急車のサイレンだと知ったのは、東京に出てからの事であるが。
 私には後がなかった。2回目の入試に落ちれば、私は東京での生活を諦めなくてはならない。家から離れる事が出来ない。今度失敗したら、高校は諦めて東京で就職する、そんな悲壮な覚悟だった。私は姉が弁当を作ってくれると言うのも断り、受験票と筆記用具だけ持って電車に乗った。この2回目の入試については、断片的ではあるが鮮明な記憶が残っている。英語の長文はイソップ物語であった。9割以上理解できた。午前の試験が終わって、昼休み。私は昼食抜きで頑張ろうと思っていたが、試験問題に手ごたえを感じていたせいか、空腹を覚え、朝降りたった水道橋の駅に向かった。当日は、後楽園で競輪が開催されていて、寒空に埃くさい駅周辺であった。私は駅の売店で牛乳とクリームパンを買った。回りには予想紙と赤鉛筆を持った作業着の人々が、やはり私と同じようにパンをかじっている。電車が着く。物言わぬ人々の群れがはじき出される。それが列となって、競輪場に吸い込まれていく。私はパンをかじりながら、その光景を見ていた。気持ちは落ち着いていた。新宿の駅の雑踏とは違い、自分もその光景に溶け込んでいるような気がした。
 時間がきて私は残りの牛乳を飲み干す。そして再び試験会場に向かった。絶対に合格するぞと、自分に言い聞かせながら。


2006/5/8
 01 手作りのホームページへ
 02 3通のメール
 03 エナメルの上履入れ
 04 母の入院
 05 3畳一間
 06 母を見舞う

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